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札幌高等裁判所 昭和63年(う)79号 判決 1989年5月09日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中二九〇日を原判決の懲役刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人川村俊紀提出の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に記載されたとおりであり、検察官の答弁は、検察官中尾勇提出の答弁書記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴趣意第一点(訴訟手続の法令違反の主張)について

論旨は、要するに、原判示第三の営利目的による覚せい剤所持の事実につき原判決が挙示する証拠のうち、ビニール袋入り覚せい剤一七袋(以下、「本件覚せい剤」という。)は、軽微な軽犯罪法違反(のぞき見)の被疑事実に関する捜索差押許可状を利用しその捜索に藉口して、別件である覚せい剤取締法違反の被疑事実に関する捜索を意図して行われた捜索(なお、後に弁論では、別件である傷害の被疑事実ないし覚せい剤取締法違反の被疑事実に関する捜索を意図して行われた捜索であると主張する。)の過程で発見・押収されたもので、右捜索は憲法三五条及びこれを受けた刑事訴訟法の諸規定の定める令状主義を潜脱する違憲違法の捜索であり、このような重大な瑕疵のある捜索手続の下で獲得された本件覚せい剤の証拠能力は否定されなければならず、また違憲違法の捜索によって獲得されたゆえに証拠能力が否定されるべき本件覚せい剤に関して作成された司法警察員作成の差押調書、司法警察員作成の鑑定嘱託書謄本、技術吏員作成の昭和六三年一月一一日付鑑定書、司法警察員ら作成の現行犯人逮捕手続書、被告人の検察官に対する供述調書、被告人の司法警察員に対する供述調書の証拠能力もまた同様に否定されなければならないのに、これらの証拠能力を認めたうえで、原判決第三の事実の有罪認定の証拠とした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

1  そこで、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実の取調べの結果を合わせて検討するに、関係証拠によれば、本件覚せい剤の発見・差押の経緯については、おおよそ次の事実が認められる。

(1)  昭和六三年一月五日午前四時四五分ころ、美幌町《番地省略》に住む主婦(当時三七歳、警察官の妻)が新聞配達のアルバイト先へ向かう息子を送るため、自宅近くの駐車場にとめてあった普通乗用自動車の運転席でエンジンをかけて準備をしていたところ、身長一六〇ないし一六五センチメートルくらい、黒い毛糸の目出し帽を被り、黒っぽい作業服上下を着た男がいきなり車のドアを開けて同女に襲いかかり、刃物で通院加療約二週間を要する左前腕部切創(長さ約四センチメートル)の傷害を負わせ、そのまま近くにとめておいた車で逃走するという事件が発生した。

(2)  右事件発生の通報を受けた北海道警察北見方面美幌警察署(以下、「美幌署」という。)の警察官が間もなく現場に急行して捜査し、犯人が遺留したと認められるペンライト型懐中電灯一本を押収し、現場付近の新雪の上に、右事件の犯人のものと思われるゴム長靴の足跡と、自動車のタイヤ跡(左右の轍の間隔から、カローラ、サニーなど小型の自動車タイヤ跡であると推定された。)が印象されていたので、これらの跡を石膏で採取した。

(3)  右傷害事件は、早朝、何者とも知れぬ男から警察官の妻が襲われて刃物で負傷するという、通り魔的な犯人による傷害被疑事件であったことから、これを重視した北海道警察北見方面本部から、同日中に約六名の警察官が美幌署に派遣されて応援態勢が敷かれた。

(4)  他方、美幌署では、同日午後一時ころ、美幌町《番地省略》に居住する者から、「近所にシルバーメタリック色の自動車トヨタカローラがとまっていて、男が車内から双眼鏡で付近の家を観察している。」旨の一一〇番通報に接したため、直ちに警察官二名を通報のあった現場に車で派遣したところ、通報されたのと同じ特徴の自動車がとまっており、その運転席にかねて顔見知りで、住所、氏名も美幌署に知れている被告人が、模様の入った帽子を被り、灰色ジャンパー及び紺色の作業ズボンを着て首から双眼鏡をさげて座っているのを認めたので、右警察官らは、運転免許証、車両番号を確認するとともに、被告人に対し、双眼鏡で付近の人家をのぞき見していたのではないかと問い質すと、しばらくして、「済みません。」と答えたが、なお要領を得ないので、事情聴取のため美幌署まで同行するよう求め、警察官の車で被告人の車を先導しようとしたところ、被告人はこれに従わずに、右カローラを運転して立ち去った。そこで、警察官らは、同日午後一時二〇分ころ帰署して上司に復命し、午後一時四五分ころ、右現場に遣された被告人運転の車のタイヤの跡を石膏で採取した。

(5)  美幌署では、同日午後四時ころ、美幌署から約五〇メートルのところに所在する被告人方に警察官を遣り、帰宅していた被告人に対し、美幌署まで同行して出頭するように求めたが、拒まれた。その際、警察官は、被告人方玄関にあった被告人のゴム長靴を手にとって見分した。

(6)  なお、美幌署では、被告人が乗っていたトヨタカローラの持ち主は被告人の友人の妻であって、被告人が友人を介して右自動車を一時借用していた事実を突き止め、右友人が被告人から返還をうけた右カローラを、同日中に証拠物として任意提出をうけて領置したが、右カローラのタイヤはスパイク付きのヨコハマタイヤY―八三〇であり、前記傷害事件の現場付近から採取された犯人の車のタイヤ跡から認められるタイヤと同種同型のタイヤであることが判明した。

(7)  同日午後五時ころ、警察官が被告人方を訪ね、美幌署へ任意同行するよう再度求めると、今度は被告人も応じたので、同署で約一時間にわたり、被告人の最近数日間の行動につき質問し、さらに前記のぞき見の行為についても事情を聴取しようとしたが、被告人は双眼鏡でバードウォッチングをしていたなどと弁解して、他人の住居をのぞき見していたことを否定した。そこで、美幌署では、被告人の前記のぞき見行為に関し、軽犯罪法違反被疑事件として、被告人方の強制捜索を行う方針を固めた。

(8)  翌六日午前九時ころから警察官が被告人方付近で張り込みを行い、午前一〇時五〇分ころ、外出しようとした被告人を呼び止めて美幌署へ任意同行を求め、素直にこれに応じた被告人から、数日前からの行動、前日(五日)の美幌町《番地省略》での双眼鏡を使った観察行動などについて事情を聴取し、さらに暴行事件ないし傷害事件を起こしていないかを質した。

(9)  他方、美幌署では、一月六日、右トヨタカローラの持ち主から被告人に貸与したいきさつにつき、双眼鏡を使った観察行為の目撃者の家人から目撃状況等につき、それぞれ警察官が事情を聴取して供述調書を作成し、北見方面本部から派遣されていた司法警察員Yは、「被告人が暴力団甲野組の幹部であって、一月五日夕刻任意同行を求めても、暴力団員特有の反抗的態度で全く任意同行に応じる気配がなく、双眼鏡の任意提出を求め得る状態でもなく、反抗的態度で質問もできない状態であったから、のぞき見の動機・目的を明らかにする必要があり、本件の立証には証拠品の確保が絶対必要である。」旨の捜索の必要について記載した一月六日付けの捜査報告書を作成し、これらを疎明資料として、一月六日午後一時三〇分ころ、被告人の右軽犯罪法違反被疑事件(のぞき見行為)に関し、被告人方居宅及び付属建物の捜索と右事件に関係のある帽子(被疑者が着用していた白地で色違いの模様入り毛糸の帽子)、上衣(被疑者が着用していた灰色様の布地のジャンパー)、ズボン(被疑者が着用していた紺色様のズボン)、双眼鏡(中型、黒色)の差押につき網走簡易裁判所裁判官に対し、捜索差押許可状の発付を請求し、同裁判官は、同日午後二時三〇分ころ、被告人の右軽犯罪法違反被疑事件につき、捜索すべき場所、差押えるべき物について右請求をそのまま認容する内容の捜索差押許可状(夜間執行の許可付き)を発付した。

(10)  北見方面本部から美幌署へ派遣されていた警察官三名を含む計七名の警察官が、同日午後三時すぎころ被告人方に赴き、居合わせた被告人の父親を立会人として、右捜索差押許可状により午後三時三〇分ころから被告人方居宅及び付属建物(物置)の捜索を開始し、午後三時五〇分ころ被告人の居間(階下奥の八畳間)において、壁に掛けられていた双眼鏡を差押え、さらに捜索を続けたが、その過程で被告人の居間で発見した黒色毛糸の帽子(目出し帽)及び被告人の両親の寝室にあった鞄の中から発見した茶色鞘付きナイフ(万能ナイフ)につき、被告人の父親から任意提出を求めて、いずれも前記傷害被疑事件の証拠として領置し、被告人方裏の畑で発見したゴム長靴片三個(焼け残ったもの)についても、これを美幌署へ持ち帰り、後刻、被告人の任意提出をうけて同被疑事件の証拠として領置した。なお、被告人の居間には被告人の衣類が多数あったが、その中に令状掲記の差押えるべき上衣、ズボンがあるかを特定できず、差押えることができなかった。

(11)  捜索に当たっていた警察官らは、同日午後四時半ころになって、前記付属建物(物置)内に置かれている洗濯機の洗濯槽の中にショルダーバッグが入れてあるのを発見し、立会人である被告人の父親に確かめると被告人の持ち物である旨の説明があり、右ショルダーバッグの中を調べたところ、小物入れが入っていて、その中味を右立会人と共に確認すると、覚せい剤様の結晶粉末の入ったビニール小袋、注射筒等が見付かった。そこで、同日午後四時四三分ころ、美幌署で事情聴取中の被告人を右発見現場に同行し、右ショルダーバッグを示して説明を求めたところ、被告人は右が自分の持ち物であることを認める態度をとり、覚せい剤が入っていると言って、右ビニール小袋の内容物が覚せい剤であることを認め、また、その場で警察官が予試験をした結果、覚せい剤特有の呈色反応が確認されたので、警察官らは、同日午後四時五三分ころ、被告人を右ビニール小袋入り覚せい剤及びこれと共に右バッグ内から発見されたその余の覚せい剤(併せてビニール袋一七袋入り、フェニルメチルアミノプロパン約一〇・一四四グラムの本件覚せい剤)所持の現行犯人として右発見現場で逮捕するとともに、右覚せい剤、注射筒等を差押え、被告人を美幌署に連行留置し、さらに、同日午後五時三分ころ、右逮捕中の被告人から尿の任意提出を受けてこれを領置した(後に、右尿中に覚せい剤が存在する旨の鑑定結果が出された。)。なお、本件捜索は、その余の差押えるべき物を発見できないまま、同日午後五時一五分ころ打ち切られた。

(12)  右捜索の際、捜索差押許可状に差押えるべき物として掲記されながら発見できなかった軽犯罪法違反被疑事件に関する被告人の帽子、上衣及びズボンは、その後被告人から自分の居間に置いてある旨の供述を得たので、被告人の父親を介し特定したうえ、同月一八日ころ被告人から任意提出を受けて領置した。

(13)  被告人は、本件覚せい剤の所持、譲渡、使用の各被疑事実だけでなく、前記傷害の被疑事実、軽犯罪法違反(のぞき見行為)の被疑事実についても捜査官に対し自白し、捜査を遂げた美幌署の警察官は、昭和六三年一月八日覚せい剤所持の被疑事実(同年一月二七日付起訴状記載の公訴事実、すなわち原判示第三の事実がそれである。)につき、その後覚せい剤譲渡及び使用の被疑事実(同年三月三日付起訴状記載の各公訴事実、すなわち原判示第一、第二の事実がそれである。)につき、同年二月一日前記軽犯罪法違反(のぞき見行為)の被疑事実につき、同年三月一八日ころ前記(1)掲記の傷害の被疑事実につき、いずれも被告人を被疑者として、検察官に事件を送致したが、検察官は、そのうち、各覚せい剤取締法違反被疑事件について公訴を提起したにとどまり、右軽犯罪法違反の被疑事実及び傷害の被疑事実については、公訴を提起しなかった。

2  以上の事実関係をもとに、所論にかんがみ本件捜査手続の適法性について検討する。

(1)  関係証拠によれば、昭和六三年一月五日の昼ころ、被告人が、美幌町《番地省略》付近の道路端にとめた車の中から約六〇メートル離れた人家(その見通し方向、位置関係からB方であった思われる。)を相当長い時間、双眼鏡を用いて観察していたことが明らかであり、被告人の右所為は、軽犯罪法一条二三号に該当する嫌疑が濃厚であったと認められる。

(2)  ところで、右軽犯罪法違反の被疑事実に関する被告人方居宅等の捜索と証拠の差押の必要性につき、被告人方の捜索に当たった警察官Kは、「被告人に右所為に及んだ理由の説明を求めると、バードウォッチングをしていたなどと、当時の現場の状況からは到底納得し難い、見えすいた弁解に終始し、その動機ないし目的が判然としないところ、被告人は暴力団構成員であり、昭和六〇年には美幌から程近い北見市内で暴力団の対立抗争事件が起こったこともあるので、その真の動機・目的を明らかにするために、右所為に用いたと認められる双眼鏡・当時の着衣などを差押える必要があった。」旨、当審で証言している。

案ずるに、右軽犯罪法違反の被疑事実は、付近に住む者に目撃されており、通報により臨場した警察官によって、自動車の運転席の被告人が首から双眼鏡をかけていることが現認され、しかも被告人はかねてより美幌署に氏名、住所ともよく知られていたのであるから、外形的事実関係は明白であったことが認められ、またその法定刑は拘留又は科料で、それ自体としては軽微な犯罪行為に過ぎない。しかし、右は、被告人の不審な行動に不安を覚えた付近住民からの通報により警察官が認知した事件で、早期解決がのぞまれる事案であったこと、被告人が暴力行為等処罰に関する法律違反(常習傷害、共同暴行)などの前科歴を持つ暴力団構成員であること、去る昭和六〇年から同六一年にかけて美幌町からほど近い北見市内で被告人所属の組と同系列の組等による暴力団の抗争事件が発生したことがあること(もっとも、本件当時において、地元の暴力団の間に不穏な動きがあったなどの事跡は、本件証拠上認められない。)などの事情を考慮すると、決して等閑視し得ない性質の事件であり、美幌署の警察官が、被告人の右行為により重大な犯罪行為に出る兆しではないかと懸念し、強い関心を抱いたとしても不自然ではなく、その居宅を強制捜索して証拠を発見収集し、行為の動機・目的などを解明する必要があると考えたことは、十分理解できる(現に、本件捜索の過程で、本件軽犯罪法違反容疑の観察行為に用いた双眼鏡のほかに、付属建物(物置)の洗濯機の洗濯槽の中にあったショルダーバッグから本件覚せい剤等とともに、被告人が書き込みをした封筒入りの便箋が発見されて、後に被告人から任意提出を受けているが、右便箋には、昭和六三年の実践目標が書き込まれていて、そのなかに、「第三 誓いを守る角性剤とノゾキはやめる 女一人作る」(原文のまま)との記載があり、これは、前記軽犯罪法違反容疑の行為の動機に関する有力な証拠であるといえる。)。

(3)  もっとも、所論も指摘するとおり、警察官らは、前記1(8)掲記のとおり、右軽犯罪法違反の被疑事実の行われた翌日である六日午前九時ころから被告人の居宅付近に張り込み、被告人の動静を監視し、さらに午前一〇時五〇分ころ被告人が外出しようとすると美幌署まで同行を求め、これに応じた被告人に対する事情聴取の過程で、傷害事件を起こしていないかなどについても問い質しており、また、前記1(10)、(11)、(12)に掲記した経緯から明らかなとおり、本件捜索差押許可状による被告人方居宅の捜索に際し、被告人を立ち会わせれば、右許可状に差押えるべき物として掲記された被告人の本件軽犯罪法違反容疑の行為当時の着衣の特定とその差押は容易であったと認められるのに、被告人方から約五〇メートルの至近距離にある美幌署内で、当時被告人につき任意の事情聴取中であったにもかかわらず、被告人の立会を求めず、居合わせた被告人の父親のみを立ち会わせて、同日午後三時半ころから警察官七名を投入して、被告人方居宅及びその付属建物(物置)の綿密な捜索を実施し(前記1(11)掲記のとおり、警察官らは、被告人方物置で本件覚せい剤等を発見した段階で、初めて被告人を美幌署から呼び、右覚せい剤等についての説明を求め、その所持罪の現行犯人として逮捕し、その逮捕現場で右覚せい剤等を差押えたが、右差押を終えると直ちに被告人を美幌署へ引致し、引き続き行われたその後の捜索にも被告人を立ち会わせなかった。)、その過程で黒色毛糸の帽子(通称目出し帽)一個、茶色鞘付きナイフ(万能ナイフ)一本及びゴム長靴片三個を発見すると、前記1(1)掲記の傷害被疑事件の証拠物として任意の提出を求めて領置し、同日午後四時半ころ、前記1(10)、(11)掲記の経緯から本件覚せい剤等を発見し、被告人にその所持関係を確認させたうえで、被告人を覚せい剤所持罪の現行犯人としてその場で逮捕するとともに、本件覚せい剤等を差押えたが、その後も午後五時一五分ころまで引き続き本件捜索を行ったことなどの事情が認められ、これらを総合して考えると、警察官らは、前記1(1)掲記の傷害被疑事件が発生すると、即日その容疑者としてかねて素行のよろしくない被告人に目星をつけたものの、被告人を逮捕し、あるいはその居宅等を捜索するなど強制捜査に踏み切るに足るだけの客観的証拠資料を欠いていたところ、被告人が前記双眼鏡によるのぞき見行為に出たことを目撃者の通報により同日午後一時過ぎころ認知したので、これを奇貨として、このうえは右軽犯罪法違反の被疑事実について被告人の居宅の捜索を行い、その機会に別罪である前記傷害被疑事件の証拠の発見、収集を行うことを意図し、前記軽犯罪法違反被疑事件につき本件捜索差押許可状の発付を求め、被告人の居宅等の捜索を実施したものと認められる。

(4)  このように、本件捜索は、当初から、捜索令状の発付を求めるだけの証拠資料の調わない前記傷害被疑事件の証拠の発見・収集を主たる目的とし、しかも、被告人が五日午後五時ころから約一時間と翌六日午前一〇時五〇分ころから夕刻までの二回にわたり、警察官の求めに応じて美幌署へ赴き、事情聴取を受けた事実があるにもかかわらず、軽犯罪法違反被疑事件の捜索差押の必要性について、前記1(9)掲記のとおり、「反抗的態度で全く任意同行に応じる気配がなく、双眼鏡の任意提出を求め得る状態でもなく、反抗的態度で質問もできない状態であった。」などと明らかに客観的事実に反する内容を記載した捜査報告書を作成し、これを疎明資料の一つとして令状係裁判官に提出して捜索差押許可状の発付を求め(一般に、明らかに事実に反する内容の報告文書をことさらに令状請求審査の疎明資料に供することは、裁判官による令状審査の基礎を危うくするおそれがあり、厳に戒めなければならない。その意味において、本件令状請求警察官Yが前記捜査報告書を作成し、これを疎明資料として提出したことは厳しく非難されるべきである。)、このような事情を知らない裁判官から軽犯罪法違反被疑事件につき本件捜索差押許可状の発付を得て行ったもので、その結果発見した前記傷害被疑事件の証拠となるべき物について、立会人等の任意提出を得てこれを領置したものと認められる。したがって、本件捜索は、令状主義に基づく刑事訴訟法、刑事訴訟規則の諸規定に違反し、違法であるといわざるを得ない。

(5)  しかしながら、先に(2)で検討したとおり、本件は、捜索差押許可状が発付された軽犯罪法違反被疑事件についても、被告人の居宅及び付属建物(物置)の捜索の必要性を認め得る事案であり、本件捜索は、軽犯罪法違反被疑事件に関し裁判官の捜索差押許可状の発付を得たうえで実施され、名実ともに令状による捜索の要件を備えているということができるのであって、単に軽犯罪法違反被疑事件の捜索に名を藉りて、その実、傷害被疑事件に関する捜索を行ったものではなく、右軽犯罪法違反被疑事件の捜索をするに際して、これに併せて前記傷害被疑事件に関する証拠の発見をも意図したものと認めることのできる案件である。そして、右捜索差押許可状の請求に際して疎明資料として令状裁判官に提出された前記捜査報告書中の、被告人が警察官の任意同行の求めに応じたか否かの事情は、本件の場合、捜索の必要性に関する令状裁判官の判断にさして影響を及ぼす事柄でないとみることができ、また、傷害被疑事件に関する捜索の意図が併存したがゆえに、本件捜索の方法、程度、範囲等の点において、大きな行き過ぎがあったと評価すべき特段の事跡は認められないばかりでなく、右捜索の過程で発見された本件覚せい剤(一七個のビニール袋に分包された、合計約一〇・一四四グラムの結晶粉末)は、捜索に当たった警察官らがあらかじめ見込みを付けて意図的に捜索したものではなく、右警察官らにとってはいわば慮外の発見であったと認められるところ、その量も少なくなく、包装の態様などから営利を目的とする頒布のために所持していたことが窺われ、覚せい剤所持罪として相当に重大な事案であることなどの事情に徴すると、たとえ捜索の主目的が前記傷害被疑事件に関する証拠の発見・収集にあったからといって、そのことゆえに直ちに本件捜索に憲法の令状主義の精神を没却する程に重大な違法があるとは認め難く、また将来における違法な捜査の抑制のために、右捜索の過程で発見されて差押られた本件覚せい剤の証拠能力を否定するまでの必要のある事案とは認め難い。

(6)  所論は、本件の捜索差押は軽犯罪法違反の被疑事件に関する捜索に藉口して、真実は、覚せい剤取締法違反の被疑事件について捜索する意図をもって行われたと主張し(弁論では、傷害の被疑事実ないし覚せい剤取締法違反の被疑事実の強制捜索を意図したと主張する。)、被告人も当審における被告人質問に際し、「美幌署に任意同行されて、警察官から傷害か暴行事件を起こしていないか聞かれたほか、覚せい剤を使用していないかなどと問われ、また尿を出してくれと言われた。」旨所論に沿う供述をしているところ、当審証人Kの証言内容、さらには被告人がかねて地元の暴力団構成員として警察によく知られた人物であり、昭和五二年に覚せい剤使用の罪で懲役四月・執行猶予二年に処せられた前科歴があることなども徴すると、本件捜索差押許可状発付の請求に先立つ事情聴取の段階において、美幌署の警察官が、被告人につき覚せい剤使用の嫌疑を抱いていたことが窺われるが、右令状による捜索に便乗して覚せい剤取締法違反の被疑事実についても証拠の発見・収集を意図していたかは、本件証拠上判然としないと言わざるを得ない。少なくとも、前記1に掲記した本件覚せい剤の発見、押収の経緯等にかんがみると、本件におけるような多量の覚せい剤が被告人方居宅ないしその付属建物(物置)に隠匿されていることをあらかじめ見込んで、その発見、収集を意図していた事情は窺われず、先に検討したとおり、本件令状による捜索の主たる意図は、前記傷害事件の証拠の発見、収集にあったというべきである。

なお、所論指摘の各証拠は、いずれも原審において検察官から取調べが請求され、被告人ないし弁護人においても証拠とすることに同意し、あるいは異議をとどめずに、適法な証拠調べが行われたことが記録上明らかであるが、原審段階では、被告人ないし弁護人が前記1(1)、(2)、(9)に掲記したような本件の捜査をめぐる具体的な事実関係を十分把握したうえで証拠調べにつき意見を述べたとは認め難いことなどの事情に徴し、当審において弁護人からその証拠能力に疑義が提起されたのを機会に検討を加える次第である。

3  以上の次第で、本件は、弁護人が控訴趣意で指摘する覚せい剤等の証拠能力を否定すべき事案とは認め難いのであるが、弁護人は、さらに当審における弁論において、警察官らは、被告人の身柄を任意同行の名の下に美幌署に事実上拘束しておき、被告人方物置から本件覚せい剤が発見されると、被告人を右発見現場に連行して、被告人が本件覚せい剤所持の現行犯人であることの要件を充足するような事態をことさらに作出したうえで、裁判官の発付する逮捕状なくして被告人を現行犯人として逮捕し、その現場で右覚せい剤等の差押を行ったもので、このような一連の被告人の身柄の拘束は違法であり、したがって右令状なき違法逮捕に伴う本件覚せい剤、注射筒、注射針等の差押も違法であって、論旨が指摘する前掲各証拠のほか、右注射針各一本、右違法な逮捕に引き続く違法拘束状態を利用して獲得された被告人の尿の任意提出書及びその領置調書、右尿中の覚せい剤に関する鑑定嘱託書及び鑑定書、被告人の右逮捕後におけるすべての供述調書等、原判示第三の事実のみならず同第二の事実に関する右各証拠の証拠能力は、いずれも否定されなければならないと主張する。しかしながら、関係証拠を検討しても、警察官らが被告人に任意同行を求めて美幌署において事情聴取を行った際、被告人の身柄を違法に拘束状態においていたとは認められない。そしてまた、警察官が本件覚せい剤等を発見して後、当時美幌署で任意に事情聴取に応じていた被告人の帰宅を求め、本件覚せい剤の発見現場に立会わせてその所持関係等について確認を求めたことに違法の廉があるとは認められない。したがって、その際、右覚せい剤について、被告人が自分の所持に係ることを自認したことにより、捜索に当たっていた警察官らが被告人を本件覚せい剤所持の現行犯人と認めて、逮捕状なくして逮捕したことをもって、ことさらに現行犯人逮捕の要件に沿う事態を作出したうえで違法に逮捕したと論難するのは当を得ない。

このような次第で、被告人につき違法な身柄の拘束が行われたことを前提とする所論は失当であって、容れることができない。

論旨は理由がない。

二  控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

論旨は、被告人を懲役三年及び罰金一〇万円に処した原判決の刑の量刑は重すぎて不当であると主張する。

そこで記録を調査し当審の事実調べの結果に徴し検討するに、本件は、被告人が、前刑の執行を受け終えてからわずか半年後に犯した覚せい剤事犯であるところ、特に原判示第三の所為は約一〇グラムの覚せい剤を営利目的をもって所持していたのであって、犯情はよろしくなく、被告人の前科歴にも照らすと、その刑責は相当に重いと認めるべきことは、原判決が説示するとおりである。したがって、本件を契機に暴力団を離脱し、正業に就く決意を固めていることなど、所論指摘の被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても、原判決の量刑が重すぎて不当であるとは認められない。

論旨は容れることができない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条を、当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑事訴訟法一八一条一項但書を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡本健 裁判官 高木俊夫 裁判官佐藤學は他の裁判所へ転出したため、署名押印することができない。裁判長裁判官 岡本健)

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